その30分ほど前に「責任をとって辞めます」のラインを受け取っていた私においては、窓際のソファー席を片付けていたおりに店の前に彼を見かけ、(何しに来たんだこいつ)(もう話すことなんてねえだろ)と思った。
ボケナスがシフトを飛ばしたうえ、どういうわけだかボンクラが出勤するはずだった時間から異様に忙しくなり業務に追われまくっていたため、営業が終わるまでは「きちんと会って辞める話をしようと思って」「今いいですか」と言うクソガキを外で待たせ、営業終了後に店内へ招き入れ、(せっかくだからこの状態のガキどもに聞きたかったこと聞いとくか)と、会話を始めた。
「前から思ってんだけどさー、バイトがなんかしでかした時に言う『責任取って辞めます』って何に責任がかかってんの?」
「社会人なら生活あるからそこで責任取れるけど、お前ら何のリスクもないじゃん。その状態の『辞めます』で取れる責任って何?」
「ただバイト先変えるだけで、その穴埋めるの全部俺だろ?それでお前が責任とれてんの?俺にしか責任かかってねえだろ。」
「そもそもなんで来た?顔見せて『辞めます』っつったらなんか許されんの?お前の中で。」
「俺にしてみれば顔見せに来られて時間取られて、お前が飛ばした作業がさらに押して、お前が開けた穴の穴埋めして、『でもきちんと対面で辞めますって言いに来たからいっかー』とはならないだろ。」
「お前の都合しかない。俺への思いやりが一切ない。お客さんいる状態で『今いいですか』って良いわけねえだろ。」
「シフト二連続で飛ばして怒られて楽になりたいから辞めます、でも罪悪感だけ消化させてください、ってことでしょ?カスならカスなりに罪悪感ぐらい背負えよ。お前が気持ちよくなりたいために、お前が飛ばしたシフトで仕事押してる俺の仕事をさらに押すな。」
「バイトの身で責任取りたいんなら続けんのが責任の取り方なんじゃねーの?」
上記の内容を淡々と話した上で、
(でも一回辞めるって言い出したバイトにこんな話してもしょうがねえんだよな…このモードに入った人類は100%辞めるからな…)
(なんなら先々でこの会話を踏み台にして成長する可能性もあるのが最悪だな…この状況でこいつに利する理由がねえんだよな…もう帰すか…)
(とはいえいったん確認はするか…確認した上で「続ける」に変わるなら今後同じミスを犯さないための具体策作り、なお「辞めます」ならこいつの自尊心から存在意義まで全部理屈でバラバラにして帰そう、こいつだけ気持ちよく帰すのはクソ腹たつしな…いやそれだと踏み台になるかもしれないのか…先々苦しませるためにただ帰すか…)
と考えを巡らせ、そして「お前もし俺が『許す』っつったら続けんの?」と聞いた。
それは会話の落とし所をつけるための質問であり、実際聞きながらも私は「来月のシフトをどう埋めるか」について考え始めていたが、その考えの出鼻で彼は
「続けたいです」
と言った。
このパターンに初めて遭遇した。
普通にすごい驚いた。

今日は早い時間貸切、その後22時から通常営業
その後なぜミスが発生したのかの原因を特定、「この場合精神論なんてクソの役にも立たないから、物理的にミスんないように詰めろ」として本人に対応策を考えさせ、出てきたそれを調整と補強。次いで
「今は俺が『クソガキだからしょーがねーな』で飲み込むからこれで終わるけど、それはここが「俺対お前ら個々」のごく小さい組織なことと、俺が『若者なんてこんなもん』で諦めてるから収まるだけであって、お前が先々就職するだろうここより大きくてきちんと共同で事を進める組織の同僚やらちょっと上の先輩ぐらいまでは、お前のしょーもないミスの皺寄せから生まれる『お前と働きたくない』の感情をダイレクトでお前に刺してくるぞ。お前が簡単には逃げ出せない環境で。そいつらには飲み込む理由が無いから。」
「想像して、卒業するまでにどうにかしろよ」
の説教を垂れ、加えて残りの片付けをさせ、長老植田とガキを帰してから自分担当の片付けと今日の準備を進め、家に帰ったのが午前5時。
そして本日は貸切、ということです。
あと小僧のシフト確認のダブルチェック。
…詰まるところ彼は感情の動きの鈍さが最大の武器なのだと思う。普通怖くて辞める。
内容的にはごく普通な事を本当に淡々と、字面から伝わる印象はさておき、淡々と伝えただけだが、普通は内容を打ち捨てて「大人が詰めてくる」を「怒られている」に置き換え、なんか小さい声で「すみませんでした…辞めます…」とか言って辞める。大体はその後どうにか自己を正当化して心のダメージを和らげる。
がしかし彼は感情の動きが鈍いので、理解はさておき淡々とした話を淡々とした話として聞くことができる。
すげーなあいつ、と思うと同時に、多分このままの状態で社会に出ると、客先のキーマンに許されざる距離感の冗談をブチかましてその最大の武器で自死すると思う。
そりゃお前のメンタルならその強度で刺されても大丈夫だろうけど、普通の人にそれはダメだろ、をやっちゃうと思う。
彼の大学卒業まで残り2年。
すでに常連さんとの会話にその片鱗が見えるので、近所のおじさんとして矯正に努めようと思います。
…ということですが、貸切後は22時から通常営業となりますので、二次会もしくはお暇でしたらのご来店、お待ちしております。
よろしくお願いいたします。

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